石場の独り言

時間はあっという間に過ぎていく

石場の独り言
誰かの為に何ができるかな?
毎日、時間は刻々と流れていく!仕事、家事いつもの事をこなして時が過ぎていく!
昨日1日を振り返っても誰かの為に喜ばれるような事を自分に何ができたか?と考えてみても特に何も出来ていない事に気づく!
一か月を振り返っても、今年も11月間振り返っても特に大きな事は何も出来ていない!
1日はあっという間に過ぎ、1年があっという間に過ぎて今年も終わろうとしている!
余裕がなければできないから余裕がなくても余裕ができた感を持って人の喜ぶ事を何か出来たら良いな〜〜と思ってる。
良い事をしようと思い立ったら躊躇しないで行動を起こしてみたら自分が変われるかもしれないし、周りが明るくなるかもしれない!
みんなでみんなを気遣っていければ温かい気持ちになれると思うな〜〜!
あくまでも個人的な独り言ですからね〜〜!

2020年11月19日

無理じゃないっていう友達いませんか?

石場の独り言
昨日に続き
無理じゃない〜って心配してくれるのは友達?
何か新たなチャレンジをしようとする時に決まって「無理だよ〜、無理じゃない、おかしいよ〜、変だよ〜」と心配してくれる友達がいませんか?
その人の本当の真意は、もしチャレンジして上手くいかれたら嫌なんです、自分より先に行かれるのが嫌なんです!だから、心配する姿勢を見せているけど実は反対してるんです。成功して欲しくないんです。
友達が自分のことを心配して忠告してくれるのだから、やっぱりやめとこうか!とチャレンジしなかったらまんまとやられているんですよ!
上手くいかなくても良いじゃないか、悔いを残さないためにも、後悔しない為にも、自分がやろうと決めたならやりましょう!
人が何を言おうと突き進む力が無ければ、いつになっても誰かの後をついていく人生になりますよ!
人生は自分で決められる、前に進もうとする事も、立ち止まる事も自分で決められるのですから、前に進もうと思うのなら自分を信じて、えいって進めばいい!
他人の言葉に惑わされない強い心が必要です。
がんばれ〜〜!未来は明るいぞー!
未来を明るくするもの自分しかいないぞ〜〜!
危ないことや危険なことの友達の忠告はしっかり聞かないとだめですよ〜!
本当の友達か?偽善の友達か?分かりますね!
あくまで石場の個人的な独り言、独り言、独り言ですからね〜〜!

2020年11月18日

失敗を笑う人より数倍立派

石場の独り言
失敗した人の方が何倍も立派
人の失敗を笑う人がいますが、私は笑う人よりも何倍も失敗した人の方が立派だと思います。
人の失敗を笑う人はそもそもチャレンジしない人なんです、チャレンジできないから、チャレンジする人が疎ましいのです。
チャレンジして失敗する痛み悲しみを知らないから平気で人の失敗を笑う事が出来る。
失敗した経験のある人なら失敗を笑う事はない。
失敗を恐れてチャレンジしない人より失敗を恐れずチェレンジして失敗した人は尊敬に値します。
人に笑われることを恐れてチェレンジを躊躇することなく勇気をもってチャレンジしてください。私は応援しています。
失敗は成功の元です、沢山失敗して素晴らしく素敵な人生にしてください。
あくまで個人的な独り言としてお読みください。

2020年11月16日

楽しかったはずが今では?

石場の独り言
楽しかったはずがいつのまにか楽しくない!
バドミントンを始めたての頃は楽しくて楽しくて、技術を覚えたら楽しくて、勝てるようになったら更に楽しくなっていたのに、いつのまにか辛くなって楽しくなくなる時がくる。
そんな時は楽しかった時を思い出して欲しい、あの頃は勝ちにこだわることもなく頑張れた!勝ち負けだけに執着してしまうと辛くなり辞めたくなる!
負けてもいいんです、勝負は時の運と言われます。一生勝ち続けることもないのです。
また、まわりが親が監督コーチが良かれと知らずのうちに追い込んでしまうケースもあるから気をつけたい!
のびのびと楽しく取り組んでくれたほうが見てる方も楽しい。
上を上を目指すのは良いことだが、楽しさを忘れないで欲しいと願っている。
楽しくて頑張れている方が力も発揮できる。色んな事情があると思うが原点を忘れないで頑張れ〜〜!
あくまで石場の個人的な考え方で独り言として捉えて下さいね。最後までお読み頂き感謝します。

2020年10月02日

自信と勇気は違う

石場の独り言
自信と勇気は同じようだが違う!
バドミントンで新たなショットを練習した時に自信がつくまで練習出来たらそのショットを使えるかというと、そうでもない!
自信があるから使えるのか?自信がないから使えないのか?自信がなくても使えるし、自信があっても使えない!
私は自信がなくても使います、何故なら自信というのはまずきりがないからだ、技術はどこまでも追求することができるからどこまでいけば自信になるのかと言うと人によって自信の捉え方も違うから厄介であり、
自信が持てたら使えるのかと言うと、使えるかどうかは勇気があるかないかで決まる。大切なことは自信を持たせる事より勇気を持たせることの方が大事です。
元気があればなんでもできる!と猪木さんが言ってるように、勇気があればなんでも出来るし自信は後からついてくると思ってます。
弱い子に限って言い訳は自信が無かったからと逃げるが、もちろん自信もないのだろうが勇気がないだけなのだ!
指導者も親も自信なのか勇気なのか?の見極めが大事ですね!
あくまで石場の個人的な考え方であり独り言
として捉えて下さい。最後までお読みください感謝します。

2020年10月02日

今起こっている事は前に自分の言動です

石場の独り言
今自分の身に起こっていることは以前の自分の言動が原因です!
逆に言えば今の言動が数カ月後の自分の身に起こる。
今やっている事が数カ月か数年後の結果となる。
今状況が悪くても良い行いをしていたら必ず良い時が訪れる!
そう信じれたら頑張れるはずだし、悲観する事必要もない。
逆に今が良いからと何もしないで安心してダラけていたら、必ずのちに辛い事が訪れる。
コツコツ頑張ることはすぐには結果は現れないが、必ずそのコツコツは自分を大きく成長できたと思える事が起きる。
今頑張っている事は今すぐの結果にならないかもしれないが必ずいつの日か良い結果を生み出すから、落ち込まないで明るい未来を想像しながら努力や良い行いをしていくほかないのです。
あくまで個人的な考え方であり石場の独り言として捉えて下さい、最後までお読みいただき感謝します。

2020年10月02日

イジメ

石場の独り言
イジメ
イジメはいつの時代でも無くなることはないと思っています。
だから、イジメをしない子を育てないとなりません。イジメをする子は愛情が足りないんですが、スポーツや武道や色んな学びの中から、本当の強さ、優しさ、思いやり、愛を体感して愛をしって愛をもてるようになって欲しいと願っています。
学校の友達は本物の友達とはいえません。
いつから正しい競い合いが出来なくなってしまったんでしょうか?今では妬み姑息な手を使い、正々堂々とはかけ離れた子が増えているように思える。これも教育の問題なんです。
1番大切な事は本人自身が強くなる訓練をする事と本物の親友を作る努力が必要ですが、誰だってその状況になったら凹むし立ち直れないかもしれない。
そんな時は、サッサと場所を変えたり環境を変えることが大切です。そこにしがみつく必要はない。
本来、スポーツの場はそんな心を学ぶ場だと思ってます。もし、スポーツの場でイジメがあるとしたらそのクラブからはサッサと離れた方が良いです。
心を壊してまでそこにいる必要は無いんです。こころは壊れてからは元になかなか戻らない、死んでしまってからでは元も子もないのです。
だから、心が壊れる前に離れる事が大事です、イジメに対して頑張ってはダメです。
昔はガキ大将がいたからイジメをするような奴を懲らしめてくれた!だから自殺するようなおおごとにはならなかった。
今はリーダーシップをとれる子がいなくなってしまった。これは社会にとっても重要なことです。
リーダーを育てる、心を強くそだてる、愛のある子を育てる。みんなでそんな子が増えたらいいなと思っています。
あくまで個人的な考え方であり、独り言として捉えてください。最後までお読みいただき感謝します。

2020年10月02日

正しいか正しくないかは人によって違う

石場の独り言
正しいか正しくないかは人によって異なる!
人は自分にとって都合の良いことが正しいと考えます、そして自分にとって都合の悪い事が正しくないと考えます。
それぞれの出来事には都合の良い人がいれば、逆に都合の悪い人が必ず存在する。
だから、人はいざこざが絶えないのです。
例えば、我が子の試合に入る回数が他の子より一回少ないのはおかしい(正しくない)と思う。一回多く試合が出来た方はそんなこともあるからおかしくない(正しい)と思う。
すなわち、その人にとって正しいことが全ての人にとって正しいとは限らないのです。
夫婦にしても同じで、男性の立場と女性の立場では何が正しいかは全く異なるはずである。
正しいと言うのは捉え方や見る角度、経験、生き様、育ち、家柄、色んな観点で変わってくる、常識も全て変わってくる。
だから、それぞれ全てが正しいのだから、他人を正しくないと非難するのではなく、相手の考え方を理解しようと良く聞いて、そんな考え方もあるのかとまず認める。
お互いを認めた上でその考え方が受け入れない相手であるならば、距離を保つことが大切だと思います。
クラブとかは主の考えが監督やオーナーにあるのでどちらが正しいかのジャッジは監督がすればスッキリする。
プライベートの世界では全てが正しいと言えるから難しいしトラブルが起こるのです。
この考え方を頭の中に入れておけば、「それもその人にとっては正しいんだろう」と思えたらトラブルにはならないのではないでしょうか!
あくまで石場個人的な考え方であり独り言としてとらえてくださいね!最後までお読み頂き感謝します。

2020年10月02日

一年生から始めた方が良い理由

石場の独り言
一年生あたりから始めた方が良い理由!
個人的な差はありますが技術がピークに達する完成するまでには約20年間かかります。
そして体力的なピークは男子は27歳前後、女子は23歳前後です。
体力的なピークと技術的なピークが重なる事を考えると一年生あたりから始めないと技術的にピークの時にフィジカルがマッチしない!
中学生から始めると、スポーツ神経に優れている子でも、自分よりスポーツ神経では劣ってると思われる子が6年間やってきたら勝つことは難しくなる、勝てないとつまらないから諦めてしまう。
日本が世界に通用するようになったのは一年生あたりから始め、優秀な指導者から学んだからです。
世界に通用しなかった昔の日本は中学生あたりから始める、そうなると体力にはピークにはまだまだ技術的が間に合っていなかったんです。また、指導者もいなかった。
それに比べて今は全国に選手経験豊富な優秀な指導者が沢山います。だから、世界に通用するようになったんです。
あくまでも石場の個人的な考え方ですので独り言として捉えて下さい。最後までお読み頂き感謝します。

2020年10月02日

思春期に反抗する理由

石場の独り言
思春期に反抗する理由
思春期は大人になる過程でみんな通る道だけど、何故そんな事がおこるのか?
女の子はお父さんが臭いとかなるし、男の子はお母さんにウザいとなる。
何故か?石場理論では、それは親子で間違いが起こらないように遺伝子の中に、年頃になると嫌いになるように組み込まれているのだと思っています。
何故なら思春期が過ぎればいつも間にかお父さん嫌いじゃなくなるし、お母さんウザくなくなる!
思春期の頃はまだまだ子供で腕力的にもお父さんには勝てないから、嫌いにさせておけば近寄らないから間違いは起こらない。
思春期過ぎたら彼女や彼氏も出来るし、腕力もついて拒否できるようになるから、いつのまにかお父さん臭い嫌いとならなくなる。
お父さんは我が子が可愛いし、女の子もお父さんが好きなのは当たり前、そんな遺伝子が入ってなかったら、思春期で一緒に寝るようになってたら間違いが起こりえる!
もちろん人間は理性があるけど、酔っ払ったりして理性が働かない時に、子供の方が近寄らなかったら間違いは起こらない!
もしそうだとしたら遺伝子は凄いと思いませんか?
何の根拠も無いですが、あくまで石場の勝手な憶測でしかありませんので笑ってお読み下さい。
遺伝子研究されている方がおられましたらコメント頂けると嬉しいです!

2020年10月02日

教育がすべて

石場の独り言
教育が全て
人の性格の形成の一番の元は考え方です。
考え方がその考えにそった行動を起こし、それを継続していくことでやがて性格と言われるものになっていく!
逆に性格をたどっていくとそれを形成する考え方にたどり着く!
だから、どんな考え方をするのか、すなわち考え方、教育が全てなんです。
学校教育は違います、学校は学問を学ぶ場で誰もが同じ事を学ぶ。
教育とはそれぞれの家庭で大事にしていることやその家庭の考え方、その違いこそが人間教育の元になっている。
怖がりのお母さんは子供に慎重にと危ないことには手を出さない近づかないように教育をします。
大胆なお母さんは大丈夫やってみなさいと教育する。
この教えが性格を形成していくんです。
子供は親の考え方を基本的に学んでいきます。
私は子供達に強者の考え方を教えています。
色んな考え方を聞き学びその中から自分で選択していくのが一番良いと思っています。
どんな考え方をすると良いのかその教育で大きく変わる事になります。
あくまで石場の個人的な考え方であり独り言として捉えてください。最後までお読み頂き感謝します。

2020年10月02日

人として強くなれ

石場の独り言
人として強くなれ!
世の中どちらかというと弱者の立場から考えようとする傾向が強いと思いますが、もちろんその考えは間違いではないし、本当の弱者は守られなければならないと思いますが、それに甘えて努力もしないで弱い立場を主張する人もいます。
努力したくても出来ない境遇の人は守られなければなりません。
生きていく上で色んな考え方があると思いますが、子供達には出来れば弱者側からの考え方ではなくて、強者側からの考え方で行動努力出来た方がより良い人生になると思っています。
だから、子供達には強者側の考えを伝えています。もちろん弱者を労わる、守る、助ける精神も強者の教えなので、強者になれるように努力して豊かな人生になって欲しいと願っています。
強者になる人は強者の考え方をし、弱者になる人は弱者の考え方をしています。
考え方が元になり行動していくことで未来が変わってくる。どんな教育を受けるかで大きく変わってくると思います。
あくまで石場の個人的な考え方であり独り言として捉えてください。最後までお読み頂き感謝します。

2020年10月02日

出る杭は打たれる出すぎればいい

石場の独り言
出る杭は打たれる
良い事をしようとしても、上達しようとしても嫉妬や妬み、やっかみで出ようとする杭をたたく人が必ずいる。
それは当然のことで世の常です。
でも杭は少し出たら叩かれてしますけれど、それに耐えてグングン伸びたらそのうち叩けなくなってしまう。釘は少し出たら叩きやすいが、大きくでたら叩くのは不安定で上手く叩くことは難しいですよね。
だから、こそーと知らぬ間にグンと伸びてしまう。人が気が付いた時は伸びすぎて打てない~となっていたらいい。
派手に伸びようとすると一気に叩かれますよ、謙虚にこそーと言う事を聞いてるふりをしながらグングン伸びるのです。
出る杭は打たれるから出ないようにしようでは人より前に進む事は出来ないから良い人生にならないかもしれない。
それでも良いという人は無理する事は無いが愚痴を言わないようにしないとですよ。
スポーツでいうと上手くなると上の人は危険を感じて今のうちに叩いておこうと考える人はいます。こそーとだからこそっと練習や自主練習を頑張っておく、やっていないふりをして必死に頑張る。そして一気にでるんです。
あくまで石場の個人的な考え方であり独り言としてとらえてください。最後までお読みいただき感謝します。

2020年10月01日

世の中にはいろんな指導者がいる

石場の独り言
色んな指導者
世の中には色んな指導者がいます!
自分に酔っている指導者はただしゃべる!
勉強する指導者は分かるように説明する!
優れた指導者は自らが背中をみせて指導する!
もっとも優れた指導者は相手の心をつかみハートに火をつけやる気を起こさせることが出来る!
もっとも最低な指導者は相手の心を傷つけバドミントンを嫌いにさせてしまう!
ほとんどの指導者は教育的側面を持ちながら指導されていると思うが、その指導者の真価が問われるのは、試合の結果だけではなく、その子が卒業してからだと思っています。
その子が真剣にスポーツに取り組み心に火がついて最後までやりきれたなら、その後の人生を力強く歩んで行けたなら、その指導者は偉大な指導者と言える!
また、子供達が卒業してから顔を見せに挨拶に帰ってくる子供がいるかどうかで指導の善し悪しが分かる!卒業してから顔を見せに来るのは感謝している証!現役時代叱られ怒鳴られ厳しい指導をされたとしても、その後感謝できたら顔を見せに帰ってきます。自分の為に真剣に向き合ってくれたと感じられたら感謝するんです。
勝負は時の運という諺がある、勝つ時もあれば負ける時もある!勝ち負けも大事だが何より大事な事は人生の勝利者になれるかどうかです。
指導する子供達がみんな人生の勝利者になれるような指導する指導者が全国に沢山増えて欲しいと願っています。
子供達はバドミントンが好きで始めたのに、どんな理由であれ好きだったバドミントンが嫌いになるような指導はして欲しくないと願っています。
あくまで石場個人の勝手な考え方の独り言として捉えてください。最後までお読み頂き感謝します。

2020年10月01日

腹八分目の付き合い

石場の独り言
腹八分目でいる事
腹八分目とは、お腹一杯食べるんじゃなくて、少し余裕を持たせておくことが健康的で良いことですよ!ということわざです。
これは、人間関係でも同じことが言えます。
仲が良いから、親子だから、恋人同士だから、親友だから、夫婦だから、といって、相手の懐に100%入り込んでしまうと、どうしても上手くいかないことが多い!どんなに深い関係であっても80%で付き合っていれば、思いやったり、気遣ったり、相手が踏み込んで欲しくない所にズカズカ踏み込む事はないだろう。
それが夫婦だからとズカズカ入り込まれたらいずれ破綻してしまいます。
お互いが常に80%を意識して距離感を持って接していれば人間関係は上手く続きます!
今の自分はどうなのか?もう一度振り返ってみると事は良いことですね、良かれと思って100%になっていませんか?愛する気持ちが大きすぎて100%になっていませんか?
人は一生をかけて人として完成させていくのですから反省して変わっていくことは恥ずかしいことでも無いし、とても立派な事ですよね!
どんなに愛していても、親子であっても、夫婦であっても80%の腹八分目でいきましょう〜〜!
あくまで石場の個人的な考え方の独り言として捉えて下さい。最後までお読み頂き感謝します。

2020年10月01日

人は変わる生き物

石場の独り言
人は変わる生き物です!
人間関係を悪化させない為にそう思っている方が幸せです!
良い人だったのに突然激変して関係が悪化するする事があります。
良い人=一生良い人とは限らないのです。
だから、良い人であったとしても一定の距離を持って付き合っておかないと痛い目にある。
一定の距離とは、親しき仲にも礼儀ありのスタイルでいること。
これは、他人に限ったことではない、親戚、親友、同期、同僚、先輩後輩、色々あると思いますがこの人は絶対に変わらないと思える人!
この親しき仲にも礼儀ありでいれば、突然変わることも少ないだろうし、変わったときにもっと距離を持てばお互いダメージは少ない!
何故、人は変わるのかというと、自分に都合の良いことが正しく、自分に都合の悪いことが正しくないというのが人間だからです。
自分にとって都合が悪くなると途端に関係が悪化するものなのです。嫉妬や妬み、子供、家族色んな事でちょっとしたことでなります。
親しくて仲が良い事はとても素晴らしく良い事ですが、親しいから何でも許されると思って緊張感が無くなるとそうなる事が多いのです。
だから、親しき仲にも礼儀ありでいたら良い人がいつまでも良い人になっていてくれると思います。世の中人と人しか居ないから難しいですよね!
あくまで石場の個人的な考え方の独り言として捉えて下さい、最後までお読み頂き感謝します。

2020年10月01日

妬み、嫉妬は自分自身をダメにする

石場の独り言
嫉妬、妬みは自分をダメにしてしまう!
他の人のことを嫉妬したり妬んだりしてもそれは何の役にも立たない!逆に自分自身がひくつになっていくだけです。
嫉妬や妬む気持ちも分からないではないが、嫉妬や妬む暇があるなら一生懸命ひたすら努力するしかないのです。
危険なのは、自分自身については嫉妬や妬む事は無くても、我が子のことになると自分が努力出来るわけではないから子供の事を思うが余り、他の子の事を嫉妬したり妬んだりしてしまう事がある。
嫉妬や妬みからは発する言動は混乱をさせてしまうだけでひとつも建設的な事は生まれない。
逆に人間関係がドロドロになるだけで良い事はひとつもない。
羨ましくなって、いいな〜〜という程度なら問題ないがそれを超えてしまうと危険な状態になってしまう。
子供達には他人を妬んだり嫉妬する事なくひたすらコツコツ努力する事、他人に振り回される事なく努力する事を身につけて欲しいし、嫉妬や妬むのでなく、良きライバルとして敬意を払い共に成長出る様になれる考え方と行動が出来ると良いなと思っています。
あくまで石場の個人的な考え方、独り言として捉えて下さい、最後までお読み頂き感謝します。

2020年10月01日

子育ては我慢と忍耐、自立

石場の独り言
子育ては我慢忍耐と自立を子供が身に着けられたら成功!
子育てはとても大変で何をどうすれば良いか新米お母さんはみんな試行錯誤で子育てをしています。一人目より二人目三人目と色んな事が分かっていきます。
その家庭家庭でいろんな大切な事、考え方は異なっていると思いますが、基本的に人として我慢出来る事、耐える事、一人で何でもできる自立はどの家庭であっても人としての共通認識として学ばないとならないスキルだと思っています。
その我慢の教え方やり方は様々でその家庭で違ってよいと思います。
家庭内暴力はどのように起こるのか?それは幼稚園、小学校の時に子供がおもちゃが欲しいとねだる!買わないと愚図る!面倒だからせいぜい数千円レベルだから簡単に買ってあげられるから、何も考えないで買い与える。
その認識を子供が持っていると、子供は愚図ると買ってもらえると認識する。やがて高校になってバイクが欲しくなる、パソコンが欲しくなる、高価な物が欲しくなる。
子供にとっては高価なバイクも幼稚園の頃のおもちゃと同じ認識なんです。あの時は買ってくれたのに、どうして買ってくれないのか?と愚図る!愚図れば買ってもらえる事を認識しているから愚図る、しかし高校生の愚図るは暴れるになる。
小学校の頃のぐずりや暴れても親として抑えられるが、高校生になったら抑え込むことができない。
それが家庭内暴力の始まりなんです、自分の要求が満たされない我慢できないからなんです。
だから、小さなうちに我慢を覚えさせとかないといけないのです。頭が良い悪いはその次です。
もちろん頭の良い子、話せばわかる子はそもそも家庭内暴力にはなりません。みんな我が子は話せばわかると思っていますが、大間違いです、過保護に育った子供は感情の方が優先するので必ず暴れます。頭が悪くてもいい、人に迷惑をかけないように我慢、忍耐、自立をキーワードにして子育てしてみてください。
必ず良い子に育ちます。石場が保証します。
あくまで石場の個人的な考え方であり独り言としてとらえてください。最後までお読みいただき感謝します。

2020年10月01日

お願いしますの意味

石場の独り言
ノックの時にお願いしますの意味
ノックをしてもらっているのに、何も言わないでだまーってノックを受ける子がいる。
終わっても何も言わない?石場道では失礼極まりない行動です。
そんな事を大事と思わない教えもあるだろうからあくまで石場道の考え方ですが、例え、ノック出しが仲間であっても、後輩であっても、ノックをしてもらっているのですから、誰であっても「お願いします、ありがとうございます、ありがとうございました。」毎回は必ず言うべきだと思っています。
ノックをしてくれる人がいなかったら自分は練習が出来ない。ノックを受けるのは当たり前と思っているから言わないのか?感謝の気持ちが無いから言わないのか?それともそんな事も何も考えていないのか?どうして言わないのかわからないが?子供達にはその習慣をつけさせることが、その子の人生を豊かにすると思っています。
この礼儀の習慣があれば、世の中に出た時に誰にでも好かれます。
逆に、優秀であったとしても礼儀知らずだとそのうち相手にされなくなる。
能力や才能があったとしても礼儀が足らなくてその子の人生が豊かなものにならないとしたら、
それは本人にも問題があるが、それを教えてこなかった大人の責任でもあります。
我々大人は子供たちに正しい教育をしていかなければならない責任があると思っています。
バドミントンだけが強くなってもダメなんです、人としての礼儀を身に着けていなければ社会に
出てからは誰にも相手にされなくなるんです。
我々が大人に礼儀を教えてもらったように、教えは未来につないでいかなければならないと思っています。
自分だけ出来てもダメなんです、みんなで明るい未来に出来たら素晴らしいなと思っています。
あくまで個人的な考え方です、共感して頂ける方と共に世の中をよく出来たらいいなと思っています。
石場の個人的な独り言としてとらえて頂けると嬉しいです。最後までお読み頂き感謝します。

2020年10月01日

褒めて育てた方が良い?

石場の独り言
褒めて育てた方が良い?
今世間では褒めて育てた方が良いと言われる方が多いと思いますが、もちろん褒めることはとても大切なことだが、その他の叱る、ほっとく、教える、諭す、考えさす、等子供にはいろんな感情を経験させ学ばせなければならない。
だから、褒めるだけで育てると片手落ちになってしまい、叱られた時に立ち上がれない子になってしまう。
その時々でバランスが大切、いいね程度は沢山あっていいが、すご〜い程度の褒められは少ないほうが褒められた時の喜びは大きい。
叱ってばかりもダメでとにかくバランスが大切、子供の事を良く観察することが大切で気にかけていたら、ここだ~と褒めるや叱るが感じ取れるはずだ!
子供は親に認めて欲しい、だから褒めることは認められたと感じるから嬉しい。褒められたいから認めて欲しいから頑張るのですが、
子供を認めるとはその子のダメなところも良いところも認める事なんです。ダメなところは短所ではなく長所でもあるのです。
だから、叱る時は、失敗した時や上手くできなかった時ではなく、怠けたり、ふざけたり、いい加減だったりしたときに叱られる事です。
一生懸命頑張って間違ったり、失敗したり、うまくいかない、遅くても、出来が親の考えるレベルでなかったとしてもチャレンジしたことを褒めてあげたうえで何故失敗したかを諭すことが大切。
だがいい加減だったり、なめていたり、中途半端だったりした失敗ならしっかり叱ることが大切です。
親から優しくされ、叱られる事なく育てられた家庭の子はとても良い子である事は間違いありません。しかし打たれ弱い、競争に負けた時や、叱られた時心が折れる子が多いし、ちょっとして事でビクビクしていたり、諦める子が多い。
社会に出たら世の中の人は優しい人ばかりではない、意地悪な人もいるし、競争のない社会は無い。家族だけは優しい分かってくれる、だから家に引きこもりを生んでしまうんです。親は必ず先に亡くなります、その子を生涯面倒見ることは出来ないのです。
だから、強い子に育てて欲しい、それは子供の為なんです。
叱れない親のほとんどが叱らないのではなく、叱れない事の方が多い、叱れないことを正当化して褒めて育てることがいいとなる。
叱る時は叱る方も心が痛いがその子の事を思えばこそ嫌われる事覚悟で叱るのです。
子育てはとても難しい、親も人間だから親としの勉強、試練、学びですね。
未来を背負う子供たちをみんなで頑張って育てて行きましょう!
子供とともに我々親も成長させられているそんな風に思えたらもっと楽になれるかも知れませんね。
あくまで石場の個人的な考え方であり独り言としてとらえてください。最後までお読み頂き感謝します。

2020年10月01日

大声は身を救う

石場の独り言
大声は自分を助ける
大きな声を出せる人は、困った時、襲われた時、危険な時に「助けて~」と大きな声で叫べれば自分の身を助ける事になる。
だから、普段から大きな声を出せるように訓練した方がいい。
今の世の中声を出すことがなくなってきた、公園で遊べば大声を出さないと友達に聞こえないけど、今は家の中で仲間と一緒にゲームは無言でするだけ。
今や大きな声を出す訓練はスポーツや武道で鍛えるしかなくなった!
勉強が出来ても自分の身は守れない事もある、もちろん知恵が身を守る事はあるが、
大声は大切なスキルです。イシバジャパンはそんな意味で大声を出す訓練をしています。
バドミントンが弱くてもいいんです、大声をだせるようになったら、自分を支える事ができるのだから。
勉強も大事です、でも同じくらい大事なのが人間力です。大きな元気な挨拶も身を助ける!

2020年10月01日

ミスは呼吸にも関係している

呼吸の事考えたことありますか?
ラリーしてる時、ショットを打つ時、呼吸はどうしてますか?
ショットを打つ前に、息を吐いてから、呼吸を止めて、ショットを打つ!
こうしないと、吸ってから打つ時身体が力んでしまいミスをする。
ラリーが長くなると苦しくなる、そうなると呼吸が乱れる、苦しくて呼吸を止めて打てなかったりしてミスをするんですよ!
息を吐いて打つ事を心がけるとミスはかなり減りますね!試してみてください!

2020年10月01日

シャトルを拾う意味

石場の独り言
ノックの時にシャトル拾う意味
何故ノックの時にシャトルを拾うのか?いたって簡単、誰も拾わないとシャトルがなくなる。
もっと言えば自分がノックを受けれるという事は、誰かが自分の為にシャトルを拾ってくれていると言う事です。
だから、次の人の為にシャトルを拾ってあげないとならない。拾ってくれてありがとうという感謝の気持ちを持って拾う事を教えないとならない。
拾わない子はズルイと言うことになる。その事を何とも思ってない、そんな事を考えた事もない子がほとんどです。だから、その事を教えてあげる事が教育であり必要なだと思っています。
また、腰を落として拾えばトレーニングにもなる。
ノックのシャトルはボロボロだけど、ボロボロでも大切なシャトルです、大事に扱えと私はうるさく言ってます!そうすればボロボロでも寿命が少し伸びる、それも自分達の為だ、物を大事にする心も教えて行かねばならない。
こんな話を聞いたことがある、子供が沢山ノックができるように、親がシャトルを拾って子供はつぎのノックにそなえる、これも上手くなる強くなることだけを重視した考えで言えば正しいので否定しているわけではありません。どんな考えを主にするかで行動は変わりますからね!
私はスポーツは精神を鍛える場と考えているので感謝の気持ち、お互いの協力の精神、何より、自分が好きでやっていることならば自分でできなければダメだと思ってます。
親は手を出さないで見守っている事が愛です。親が拾ってあげるのは子供にとって訓練になっていない、手を出して助けてあげたい気持ちを抑える事は親の試煉、訓練ですね!
単純なシャトル拾いの中に色んな大切な意味がありますね!
あくまで個人的な考え方であり石場の独り言としてとらえて下さい。最後までお読みいただき感謝します。

2020年10月01日

因果応報の世界

石場の独り言
因果応報の世界
皆さんご存じだと思いますが、この世は因果応報の法則で成り立っています。
因果応報とは自分がしたことはすべて自分に返ってくるという法則です。
友達に意地悪をすると全然違う所で他の人からイジメにあう嫌な思いをさせられる。
逆ももちろんある、友達や他人に親切にしたら、全く違う所で親切にしてもらえる事が起こる。
家で奥さんに意味もなく当たり散らす、そうすると会社で上司に取引先に嫌な思いをさせられる。
努力も言動も優しさもすべてかえって来るのです。同じ形でかえって来るのです。
この法則がわかっていたら意地悪もしないだろうし逆に人に親切にできるはずなのだ。
でもそれを知らないから、教えてもらってないから、SNSだと誰にもわからないだろうと、悪口を書き込んだりしていじめを平気ができる。
しかしそれは負のスパイラルに入ってしまうからどんどんエスカレートしていくだけで自分の人生を悪い方向にしてしまう。
もちろん幸せなスパイラルもある、人に親切にすれば、自分に返ってくるから嬉しくなるしまた人に良い事をする。
幸せのスパイラルになるのだ。
こう言う事を家庭で教えられたら子供は幸せになれる。
何故因果応報が何故分かりずらいかというと、したことがすぐに返って来ないで、しばらくしてから返ってくる事が多いからそれが実感できないのだが、確実にその因果応報の法則は存在しています。
神様はお天道様はいつでもどこからでも見ています、と言われて育ちました。
悪いことをしようとその時に見られているからやっぱりやめとこう!と思いとどまる事が出来た。
人にとって何より大切な事は教育なんです、この教えも一つの教育なんです。
あくまで一人の個人的な考え方であり、他を否定している訳でもなく、石場の独り言としてとらえて頂けると嬉しいです。
世の中全ての人が暖かく素晴らしい人生になって欲しいと願っています。

2020年10月01日

痛みを知らないから平気で傷つける

石場の独り言
痛みを知らないから人を平気で傷つけられる!
人は自分が経験していない事は分からい。頭ではわかっているつもりでも実際に経験しなければ絶対にその時の気持ちはわからいものです。
男性が妊婦さんの出産の苦しみは、頭では痛いだろうな?と想像は出来るが、絶対にその痛みその時の心境は分かるはずもないし、人によってその痛みの違いもあるから絶対に分からないといえる。
今の世の中、喧嘩はダメですと子供同士でのつかみ合い、叩きあいの喧嘩もさせない、できない。
喧嘩は子供のうちにして痛みを経験しておかなければ、大人になっての喧嘩では加減がわからなくて死なせてしまうことがあるんです。
子供が危ないと市に抗議して公園の遊具が撤去されている。
遊びながらケガを経験しないとどうやったらケガするのかさえも分からない。
自分で自分の首をしめている、子供同士の楽しみもけがをする経験を奪うことは子供たちの事を
思っているようで実は子供たちは被害者なのです。
親は子供に怪我をさせたくないから我が子に包丁も持たせない。私は母親にお手伝いと称して、一緒に料理を作ろうねと、包丁の持ち方を教えてもらい、やってみなさいと見守ってやらせてくれた。少々のケガは何の問題もない、指を落としてしまうことにならないように注意して見守っていれば大ごとにはならない。
怪我をさせないようにするのは過保護で、子供は怪我することもなく喧嘩することもないから痛みがわからない、知らない。
親であっても体罰は犯罪といわれ手を上げる事はなくなった。叩くことは良いとは言わないが、痛みを経験するという点から言えばとても貴重な経験だと思っています。
いずれにしても、ゆがんだ形で守られ育ってきてしまうと色んな痛みを知らない。
痛みを知っている人は簡単に人を傷つけることはない。転んで血だるまになった経験があると、他の人が同じような転び方をすると、自分の体が反応し身体に電気が走る。
小さなうちに色んな痛みや怖い経験すれば良いのだ、高いところから飛び降りて痛い目にあったり、喧嘩して痛い目にあったり、料理を手伝って痛い目にあったりその全てが素晴らしい経験となるのだ。
怪我する事が分かっていても経験させられる人は素晴らしい。子供を見ていて転ぶぞ~転ぶぞ~ほら転んだ~そんな経験をさせてあげたい。
大けがや死ぬ目に合うような経験は止めなければならないが少々の痛みを伴う経験は小さなうちにしておくべきだ。
痛みを知れば人に対して温かな心をもって接する人になれるから。
あくまで個人的な考え方で石場の独り言として捉えて下さい。最後までお読みいただき感謝します。

2020年10月01日

我が子の呼び方

石場の独り言
我が子をどう呼んでますか?
〇〇ちゃん、〇〇君ですか?それとも呼び捨てですか?
私はクラブの子供たちは全て呼び捨てで呼んでます。
何故なら、我が子同然と思って育てていますから、ちゃん、君はつけません。どうしても遠慮が出てしまいます。
ちゃん、君はそもそも他人の子供を呼ぶときに使います。
だから、もし、我が子に使っていたとすると、それは我が子を他人扱いしているのと同じです。
責任のない呼び方がちゃん、君なんです、だから、責任のないおばあちゃんは可愛いだけだから〇〇ちゃんと言います。
我が子を責任持って育てるならばちゃん、上手く行かないと考えています。
何故なら、しっかりした家庭内教育、躾、教えをするのであれば親と子という上下関係を築いておかねばなりません。
ちゃん君と呼んでいる関係ではどうしてもお互いが甘くなってしまいます。
子育ては真剣勝負なんです、 呼び方はとても大切な事で重要な事なんです。
特に親と子という上下関係をしっかり設定しておかなければ絶対に子育ては失敗してしまいます。
イシバジャパンでは家でも親に敬語を使えと指導しています。おはようございます、おやすみなさい、
行ってきます、只今帰りました、いただきます、ごちそうさまでした、お願いします、ありがとうございますなどです。
ちゃん君の危険なのは、可愛あまりにいつのまにかペット扱いになってしまうということです。子育てではなく玩具扱い!
そうやって育てられた子供は親の被害者と言えます。
責任を持って育てる時に、我が子が可愛いなんて言ってられません。他人様に迷惑をかけないように、他人様を傷つけないように、いじめをしないように、人を助けられるように、子育ては真剣勝負なんです。
何度も言いますが、 ちゃん君ではどうしても遠慮がでて踏み込んでとことんという感じにはなれません。
昭和の考え方なのかもしれません。しかし私は昭和の教えで良かったと思ってます。だから、我がジュニアの子供たちは我が子同然ですから昭和の教えをもって人として立派になれるように育てていきます。
あくまで石場の個人的な考え方であり、独り言として捉えてください。最後までお読みいただき感謝します。

2020年10月01日

我慢

石場の独り言
我慢
試合の時ミスをすると、切れてイライラして更にミスを連発して負けてしまう事がある。
切れる=我慢ができない、我慢できない=我慢させてこなかった。
我慢させてこなかった=親が楽をしてきた。
我が子に小さな頃の子育ての中で我慢の訓練をさせてこなかった事が大きな要因のひとつとなっています。しかし親は試合で負けると『何で切れるの、我慢が足りない』と子供を叱る事がある。
我慢が出来るかどうかは幼稚園児まで、遅くても低学年迄で決まります。
我慢させるのは親としては辛い、そして子供にぐずられると面倒だから、すぐに子供の要求を満たしてあげてしまう。そんな安易な考え行動が結局我が子が我慢できなくて苦しむ人生を作り出してしまう事になる。
試合で切れたとしてもそんなに問題にはならないけど、大人になって腕力もついて社会で頭にきたから我慢できなくて殺してしまった、っとなってしまったら子供も親も家族全員、親族全員悲惨な事になってしまう。
切れるとは自分を抑えられない、抑えられなければ人を殺めてしまう可能性は誰にでもあるのだ。
子育ての苦しみは数年間でで終わるけど、我が子が人を傷つけたり、ストーカーになったり、人殺しになってしまったら親も子も一生苦しむ事になるのなら、絶対に子育てで苦しんだ方がいいと思い思っています。楽をしたつけは必ず自分に返って来ます!
スポーツの場で我慢を学んで欲しいと願っています。
あくまで石場の個人的な考えで独り言として捉えてください。最後までお読み頂き感謝します

2020年10月01日

何が正義で何が悪なのか?

石場の独り言
何が正義で何が悪なのか?
何が正しくて何が正しくないのか?
正義を振りかざした時、悪にもなり得るし、
悪もまた正義となることもある。
正義側から見れば、逆の悪側は悪になる。
また、悪側から見れば、逆の正義側は悪になる。
正しいと思う方向から見れば、その逆は正しくないことになる。その正しくない方向から見れば、また、その逆は正しくないことにある。
悪か正義かはどの方向、角度から見たかで異なる。
だから、自分の考えも正しいし、また他の逆の
考えもその方向からはまた正しい。
だから、他を批判することはあまり意味のないこと。
大きな視野で言えば、全てが正しいことになる。
世の中には沢山の思想があり考え方があります。
仏教を信じている人には仏教が正しく、キリスト教を信じている人にはキリスト教が正しい。この場合お互い批判しても
生涯交わる事はなく、対立しか生まれない。
大切な事は自分の信じる道を、信じる考え方を全うしていくだけです。自分はどのような考え方に共感し自分の為になる教えを選択しより良い人生にするために前を向いて、精進すること。
ジュニアクラブ選び等もまた同じで、勝つ事重視のクラブもあるし、楽しく重視も、様々な考えの元に運営されていますが、その全てのクラブの考え方は正しい。
だから、入ってはみたものの、その後賛同できないと言うことがあったなら、分かったら批判したり抗議しても解決にはならない。
何故ならどちらも正しいからです。そんな時は批判ではなく、自分の先見力、見抜く力を反省する事の方が己の成長になると思います。
この投稿、石場の独り言に対しても、異うと思われる方は沢山おられると思います。
それもまた正しいのです。だから、批判や排除するのではなく、そのような考えもあるのかと見識を深められたら、より素晴らしい人生になると思っています。
夫婦であっても親子であってもそれぞれがまた正しいから難しいですね。
自分の主張を通すのではなく、相手に納得してもらえたら、ふに落ちたなら、それは夫婦でも親子でも同じ方向になるから幸せになれる。
この投稿はあくまでも石場の個人的な考え方であり、誰かを批判している訳でもないし、単なる独り言としてとらえて頂ければ幸いです。
最後までお読み頂き感謝します。
共感して頂きましたら、他の方にも見て頂きたいのでシェアして頂けると嬉しいです。宜しくお願いします。

2020年10月01日

叱られるべき事、褒められるべきこと

石場の独り言
叱られるべき事と褒められるべき事
わたしが叱る時は、いい加減な時、ふざけた時、人を馬鹿にした時、意地悪した時、ズルをした時、約束を守らない時です。
褒める時は、勇敢にチャレンジした時はもちろんのこと、他にも沢山褒める時はありますが、バドミントンにおいてミスした時、試合で負けた時に叱る事はありません。
何故なら、子供達は試合のその瞬間に何を打つか必死に考えて決断して打ってるけどミスをしているんです、勇気を持って決断し実行した事を叱ってしまうと、その子は2度と自分で勇敢に決断することができなくなります。ミスを叱ると、自分の決断を否定されたことになるのです。
例えば、スマッシュをミスすると、なんでスマッシュを打つんだと怒鳴られる、同じような展開で、さっきはスマッシュで怒鳴られたから、ドロップにしようと打ったら、なんでスマッシュを打たないんだと怒鳴られる。
こうなったら次に何打てば良いのか分からなくなる?そしてまた同じ展開になった時、悩んでしまって中途半端になると、なんで思い切って行かないんだとまた怒鳴られる。
間違っていたとしてもミスをしたとしても、自分で決断した事は褒められるべき事なんです。
結局、怒鳴る人の考え方のようにしないから怒鳴られることが多かったりします。
ミスしていなければ恐らく怒鳴られなかった、と言うこともありますね!
試合をしているのはその子であって、コーチでも親でもない。その子の決断、判断を信じるしか無いのです。試合の時にその瞬間に何を打つのか、その子が決めたのだからミスをしても怒鳴ったり叱ったりしてはダメだと思ってます。
もし、判断が間違っているのなら、それは練習の時にしっかり指導の中で伝えておくべきだと思っています。
私はミスした時には、それも選択も良かったけど、こっちの方がもっと良かったと思うよ!と言います。決断した選択は認めた上で、もっと最善な事があるのならそれを伝えます。最善が無い時は、いいよ、大丈夫、と声をかけます。
負けた時は、ダメなところが分かってよかったね!初めての試合だったりした時は、勇気を持って試合に出たこと自体が素晴らしいし、最後までやりきったことは素晴らしかったと伝えます。負けても褒められたら、またチャレンようと思えるが、勇気を持ってチャレンジしたのに叱られたら、2度とチャレンジする事は無くなるでしょう!
弱気で負けたりした時は説教します、自分に負けたのですから、普段の練習の時にダメなところがこうなるのだと!
そして、コーチや親の顔をいちいち見る子がいます、これは家庭環境が大きく影響していると思いますが、自分の選択が間違っていなかったか?確認したくて顔を見る子がいます、怒られるのではないか心配したり、ミスすると怒られるんじゃないか心配なのでしょう。この状態はプレーに集中してなくて、コーチや親の事が気になっています。これでは勝てるものも勝てません。
わたしはこの子には普段からこっちを見るな、試合に集中しろ、プレーに集中しろ、ラリーに集中しろと指導しています。試合の時は相手から目を話すなと伝えています。
指導者も親も我が子が決断のできる子、勇敢に行動できる子、果敢にチャレンジできる子、自信を持って行動できる子、プレーに集中して没頭出来るようになって欲しいと願っています。
子供がチャレンジした事は間違っても失敗しても絶対に叱ってはいけません!
叱る時は、不真面目で失敗した時、ふざけて失敗した時、いい加減な気持ちで失敗した時はしっかり叱るべきです。
真剣に本気でやったのならば、負けても失敗しても叱ってはダメだと思っています。
その判断がなかなか難しいですが、本気だったか?ふざけてたのか?見抜かないとなりませんね!結果で叱ってはダメです!
私は日体時代、勝っても叱った事は沢山あります。結果も大事ですが内容が何より大事だと思っています。
あくまで石場の個人的な考え方なのでありからず、最後まで読んで頂き感謝します。

2020年10月01日

我が子には挫折をさせろ

石場の独り言
挫折
我が子が挫折するのは親としては可愛そうで辛いのは良く分かる。
しかし、挫折を知らないで大人になった子は挫折を乗り越えられず、引きこもりになったり、仕事を辞めてニートになったりそうなったら親としてもっと辛いことになるはずです。
子供の頃の挫折はまだ小さいし、親も支えられる。だから、子供の頃に挫折を経験させる必要があるのです。挫折するのを親としてみるのは辛い!それは、親自身が辛いだけで、挫折を知らないで育った子が大人になって挫折した時、本人が一番苦しむ!
挫折を乗り越えてきた子は強い、どんな境遇になってもどんな環境でも乗り越えられるだろう。親として指導者として早いうちに挫折を経験させる事が本当の愛だと思ってます。
昔の人は苦労は買ってでもしろ!と言ってます。ライオンは我が子を谷底に突き落とすと言われています。
苦しい事、挫折は本人を大きく成長させる。
挫折のない人生はない。必ずどこかで挫折を味わう、経験する。
ならば、子供の頃に経験しといたほうが楽です。
子供の頃から勝ち続けた子が、負け知らずでくると、大人になって負けた時の挫折は大きい!だから、小さなうちは負けたり勝ったりを繰り返したほうがいいんです。
親は我が子が世の中を力強く生き抜くための素子を作り上げるために、今どんな事をしたほうが良いのが経験したほうが良いのかを考える役目があるのです、責任があるのです。
だから、子育ては大変なんです。我が子に辛い想いをさせたくないと言う考え方は過保護になっているという事を認識しなければなりませね!
あくまで石場の個人的な考え方の独り言なのであしからず!
最後まで読んだ頂き感謝します。

2020年10月01日

私がジュニアを教えるようになった理由

石場の独り言
私がジュニアを始めた理由は、強い選手を育てたいと考えた訳ではありません。
今から15年前頃、ゆとり教育のせいか学校では競争がなくなり、土曜日は休みになり、上下関係が崩壊し、何でも平等という不平等教育がなされ、道徳はなくなり、先生の威厳は失墜し学級崩壊が当たり前になり、言葉も崩壊しヤバイの一言ですまされた。
いじめで友達を平気で追い込み自殺者が増え、小学生による殺人まで起こってしまった。
このままでは子供達の未来も日本の未来も崩壊してしまう。
私に出来る事は、バドミントンというスポーツを通じて人としての本当の優しさ、強さ、労り、助け合いなど、人として心を育て、身体を鍛え、自殺する子が出ないよに、いじめをしない子に、いじめられたとしても強く耐え抜く子に、素晴らしい本物の仲間を作らせ人生を力強くて生き抜いて欲しいと願い、一人でも救えたらいいなとジュニアを15年前に立ち上げました。
15年間でクラブに関わった子供達は数百人になりますが、何人に伝えられたかは
わかりません。一人でも理解し人としての美しい心を身に着けてくれていたら嬉しいなと思っています。
その子達がやがて大人になり親になって我が子に正しい教育、躾が出来たらいいなと思っています。
私のジュニアクラブには学習障害、コミュニケーション障害、その他の障害を持った子が何人もいます。
親は我が子にどうにか成長して欲しいと門を叩いてきます。その子達も自立して生きていかなければなりません、だからその子達もこのクラブを通じて沢山のことを学び、仲間を作り世の中を力強く生きて行って欲しいと願っています。
強いチームを作るなら、障害を持った子はお荷物ですが、私は在籍している子供達にるとっても、世の中には色んな子がいる事を知る事が必要であり、そしてそんな子達と共に助け合いながらやっていく事を学ぶ良い機会であるとも思っています。
強くなれるこ子には、その子にあったプログラムを用意すれば、莉子のようにもなれるので強くなれないこともないし、逆に言えば精神を鍛えた方がより強くなると信じています。
毎日、全国各地で沢山のジュニアの指導者の方々が、子供達の身体を鍛え、心を鍛え、人としてその子が素晴らしい人生を送れるような指導をして頂いている事に感謝しています。限られた時間の中で、お忙しい中で時間をさいて、ボランティアに近い形で尽力頂いている人もおられ本当に心から敬意を評します。
子供達には人としての心得を身に着けた上で、強くなり活躍して欲しいと願っています。そうでなければ本当の意味での価値が無いと思っています。
日体の監督時代は、選手には勝っても負けても観ている人が試合を見て感動するような試合をしろ!と言い続けてきました。
スポーツは人を磨く育てる為にあるのだと思っています。

2020年10月01日

人にはそれぞれ旬の時期が違う

石場の独り言
人はそれぞれ旬の時期が異なる、バドミントンで活躍する旬の時期はそれぞれ違う!
小学生の時なのか、中学なのか、高校なのか、大学なのか?シニア30代、40代〜70代、80代と様々です。
だから、焦る事なく大好きなバドミントンを頑張っていればいつか必ず自分の旬が訪れる。小中高大の時に活躍できるのは素晴らしいことではありますが、尊いのは諦めずやり続ける事が何より立派で素晴らしい事だと思っています。
小学生で勝てなかったとしてもいいんです。
当然親も子も必死に頑張っているから落ち込むのも当然ですが、次の中学が待っているんです。そんな捉え方で毎年毎年取り組んで欲しいと願っています。
我が子がたとえ思うような成果を上げられなかったとしても、親というだけで追い詰めないで欲しい、頑張ってきた結果であるならば、負けたとしても褒め讃えられる事だと思っています。必ず旬が訪れるのだから、明るく前に進んで欲しいと願っています。
嫌いになってやめてしまったら2度とバドミントンの旬はやってこない!
親も子もバドミントンが嫌いにならないようにいつまでも好きでいて欲しいと願っています。旬とは勝つことだけを言っているのではない、その人がやったー、嬉しい、最高と思える時が必ず訪れるという事です。
もっと言えば、優勝したからエライ訳でもないし、優勝したからといって人間的に素晴らしいかどうかはまた別問題です。
勝てなかったとしても、人として素晴らしい人格に育っているならば、その方が何より素晴らしいのかも知れないし、人生の勝利者になるのかも知れない。
人は得意不得意がある、だから勝てなくても他に大切な役目は必ず存在し与えられている。
高みを目指して飽くなき挑戦、努力することは尊い事なので、結果だけにとらわれないで欲しいと願っています。
結果も大切ですが何より大切な事はそれまでのプロセスなんです。努力しなくても勝てる事は良くある、特に小学生の時は始めた時期が早かったり、身長が高かったりそんな違いだけで勝つ事は良くある。
だから、自分を磨き続け努力をし続ける、その中に尊

2020年10月01日

スポーツにはいろんな意味があります

石場の独り言
スポーツには色んな意味がありますが、その中でも世界平和の意味があり、己を磨き鍛え、継続する事を学び、諦めない事を学ぶ。また、仲間と共に協力したり、助け合ったり、励ましあったり、そんな心を鍛え、精神を鍛え、身体を鍛え、技を磨き、心技体を学ぶ。お互いが頑張って磨いてきた心技体を競い合い、交流親睦を深め、お互いを高め合う事がスポーツの持っている大きな意味ではないかと思っています。
ライバルがいてくれるから努力し頑張れる、だからライバルは大切な存在なんです。
試合となれば必ず勝敗が決まる、だけどライバルと憎しみあったり、いがみ合ったり、敵意を持ってはならないと思っています。
「ラブオールプレー」という言葉の意味を御存じですか?
「0対0プレー」と認識している方も多いと思いますが、
「LOVE ALL PLAY」なんです。
相手を尊重し敬意の念をもって競い合う事をお願いします」という意味です。
だから、プレーの最初に握手をし、終わったらありがとうございますという敬意の念をもって握手をするのです。
しかし、プレーヤーの中には負けて悔しさのあまりに、プイッとして握手をしない、顔も見ないで指先だけでピッと触れるような光景を目にすることがあります。
試合は相手がいてくれなければ成立しない。負けたことは悔しいのは誰でも同じで良くわかりますが、その時にぐっと
我慢しこらえて、相手の目を見て、ありがとうございますと気持ち良く言える我慢の精神、耐える精神を学ぶのがスポーツであると信じています。
私は日体の30年間一番その点を大切に指導してきました。
ジュニアの我がチーム子には勝っても負けてもそんな態度にはプレー以上に叱っています。
負けたのは自分の心が我慢できないからであって、それを相手にぶつけるのは間違いで、スポーツはそんな心を磨くためにあるのだと思っています。
強くなっても、わがままで自分勝手で我慢の出来ない人では、競技人生が終わってから誰も相手にしてくれなくなります。
だから、私は郡司莉子にも口うるさく10年間かけて指導してきました。
それが出来ているかどうかは今は分かりませんが、心のどこかに忘れないでいてくれたらいいなと思っています。
最後になりますが、スポーツは勝つことがすべてではなく、己の人間性を磨く場であって欲しいと願っています。勝っても負けても沢山の人に称賛されるそんな人になって欲しいと願っています。
石場の独り言として最後までお読みになって頂き感謝します。

 

2020年10月01日

愛する者の一人として

石場の独り言
バドミントンを愛する者のひとりとして、バドミントンをしている全てのレベルの方々が、初心者でも、レベルが低くても高くてもバドミントンを楽しんで欲しいと願っています。
初めての頃は当たるのが楽しいし、上手くなってきたら技術を覚えるのが楽しい、さらに上手くなると勝てるようになると楽しい、上級者になると厳しい練習が楽しい、辛い自主練が楽しい、大会の時の緊張感、プレッシャーが楽しい、仲間と共に汗を流せるのが楽しい、身体を動かせるのが楽しい!とバドミントンの関わり方は様々あると思います。
勝ちを追い求めていくのも当たり前ですが、どんな状況、状態、レベルでも楽しく無くなってしまっては悲しい事であり、始めた頃の初心を忘れて欲しくないと願っています。
厳しい指導も叱咤激励も、ライバルと競い合うことも、大いに結構な事だと思いますが、バドミントンが嫌いになって欲しくないと願っています。
バドミントンが楽しいと思えて、幾つになっても身体が動かなくなるまでバドミントンを好きでいて欲しいと願っています。
全国の指導者の方が愛情たっぷりにジュニアからレディースからの様々なカテゴリーで指導されておられる事、本当に素晴らしい事であり、選手からすると有り難い事であり心より敬意を評します。
これから更にバドミントンを愛する方がもっともっと増えていって欲しいな〜〜と願っています。そのお役に立てる一旦になれたら良いなぁ〜と思って情報配信や動画のアップをこれからしていきます。
沢山の方に少しでもお役に立てればと思っていますが、まだこのFacebookを知らない方も沢山おられますので、お知り合いの方にもお知らせして頂いてお友達になっていただけると嬉しいです。
バドミントンを愛する皆さんが、いつまでもバドミントンを好きでい続けて頂ける事を心より願っています。
私の独り言を最後まで読んで頂き心より感謝します。 石場

2020年10月01日

辛い事が多い人は感謝が足りない

久しぶりの石場の独り言
辛いことが多い人は感謝の心が育っていない
辛いことが多いと思う人は、些細な事でも辛いと思う傾向があるのだろうが、基本的に感謝が足りないから自分の世界だけしか見えていないから、辛い辛い辛いということになる。世の中みんな辛いと思いをして生活しいる、しかしみんな辛い思いをしながらも感謝の気持ちを持っているから楽しく幸せにできている人は多い!世の中は色んな関わりで、人に助けられたり、助けたり、お世話したりお世話されたり色んな関係で成り立っている。
辛い練習であっても、お母さんが朝飯を作ってくれて、送ってくれて、誰かが体育館を抑えてくれたり、監督、コーチがいてくれて、仲間がいてくれて、自分の為に厳しいことを言ってくれて、有り難い!
と思えたなら感謝できたなら辛い辛いの嘆かないできないはずだ。
子供達には世の中はこうなっているのだから、感謝しなければならないことをまず教えあげなければならない。
教えがないのに感謝しなさいと言われても子供達はわからないものです。
感謝の心が育てば、辛い辛いと嘆くことは少なくなるはずだ。
感謝するような教えを親が出来れば良いのだが、なかなか出来ていないのが現実ではないかと思っています。
ほかの子を叱ったりできない、関わることさえ難しい世の中でどのように子供達に教えをしていけば良いのか思案にくれる。
あくまで石場個人の考え方であり、独り言してお読みください。

2020年10月01日